希望の歌

今は未来に向かう道の途中だ

Dear 森田美勇人くん


2018年12月31日、今日、大好きな自担がジャニーズ事務所を退所します。

 

森田美勇人くん。

あなたは私にとって、辞書で「アイドル」と引いたら「森田美勇人」と出てくるような、最高のアイドルでした。

 

 

美勇人くんってどんな人?と言われて大多数の人がまず思い浮かべるのは、やっぱりダンスなのかな。自分でも「ダンスでここまできた」と言う美勇人くんのダンスは、たくさんの仲間や先輩後輩から褒められて憧れられていたね。

全身全霊で踊りながらも、一瞬楽しそうにニヤッと笑う、その瞬間が大好きだった。バックで踊ってるときもめっちゃくちゃ歌ってたり、めちゃくちゃ楽しそうに笑ってたりする。あ、楽しいんだ、エネルギー放出してるんだ、ってこっちまでわくわくさせてくれる人だった。

ステージと足との境目を分かりやすくして足元の動きを魅せるために、暗めの衣装の裾を短めにして白い靴下が見えるようにする、それだけ踊りに拘る人だった。

帝国劇場のセンターで、横アリの真ん中で踊る美勇人くん、キラキラしてて眩しかったなあ。踊りながらサッと何か拾ってしばらくグーで持ってて、振りの中で自然とポケットに入れる姿もかっこよかったなあ。

突然LAにダンス留学に行っちゃったときはびっくりした。帰ってきた美勇人くんのダンスはまたパワーアップしていて、驚いたと同時にまた好きを募らせるしかなかった。

 

あれだけのダンスパフォーマンス力があれば充分ステージで輝けるだろうに、それだけで満足しなかった美勇人くんは、ベースという武器も手にしたね。

きっかけはお姉ちゃんの少女漫画を読んでいたら背の高い人がベースをやっていてカッコいいと思ったから、なんて理由だったみたいたけれど、がんばりやさんの美勇人くんはバンドメンバーのベーシストとして選抜されるまでになった。それがのちにLove-tune結成に繋がっていくことになる…というのは置いておいて。

萩谷くんに「丸山くんのベースが好きで美勇人にもそのレベルまで来てって言ってる」と5弦ベースを弾くという課題を与えられたときは、丸山くんでも何年も経ってから挑戦したものに今の美勇人くんが?と思わず心配してしまったけれど、きっちりこたえた姿は最高にかっこよかったよ。

 

美勇人くんといえば、と言われてもうひとつ挙げるとすればファッションかな。こちらも「おしゃれなJr.といえば?」みたいな項目で1位をとるのはいつも美勇人くんだった。

2015年のDREAM BOYSで初めて「メンバー」のオリジナル衣装をデザインして、それが本物の衣装として作られたときは感動したし、あの白の衣装は永遠に特別。そこからも何度も自分たちのオリジナル衣装のデザインに携わったね。

2017年の夏のliveでは「パソコンないと仕事できない」と言っていて、美勇人くんがパソコンでする仕事とは…って当時は不思議に思ったけれど、初単独liveのオリジナルグッズのデザインのお仕事だった。美勇人くんが作ったものを商品として売る、デザイナーMyuto Moritaのデビュー作だって嬉しそうな美勇人くんの笑顔が忘れられない。そのTシャツを長妻くんが両袖切り落として脇腹までざっくりあけてたとき「鬼ダサく着んのやめてくんない?まだスタイルいいからあれだけどモロがそれ着たら発狂するわ!」って怒ってたね。笑

そんなある日突然飛び込んできた「森美勇人がFINE BOYSにモデルとして初登場」という雑誌の表紙の文言、そのままレギュラーになってほしいと必死に叫んだ矢先に続けて飛び込んできた「FINEBOYS 8月号よりレギュラーモデルとなった森田美勇人」の紹介文にめちゃくちゃ泣いた。2014年クリエで「がんばろう!モデルになれるように!モデルになりたいおれ!」と言った美勇人くんの夢が叶った瞬間だった。目次の上にページ数入りの小さいお写真が載ってることさえも嬉しかった。ドル誌では見られない「モデル」な美勇人くん、ページをめくってもめくってもかっこいいしか言えなかった。お写真1枚1枚が全部新鮮にかっこよくてびっくりした。ふたつのグループをかけもちしていたパワーや時間が、個人仕事に転換されるといいなぁと思っていた矢先で、ずっとずっとずーっと夢見ていたお仕事で、本当に本当に嬉しかった。

 

こうやって、ダンスとかファッションとか、自分が前衛で勝負するフィールドだって自負がある美勇人くんが、それをお仕事として掴みとる美勇人くんが、めちゃくちゃかっこよくて大好きだった。

 

ダンスやファッションには自信がある一方で、たぶん歌には自信がなかったんじゃないかなと思う。

滝翼ツアーのバックについたとき、翼くんに「トラジャはダンスだけじゃなくて歌も上手いから誰か歌ってみよう!」って言われた途端ぐるん!って後ろ向いたり。

あるとき話してくれた、マイク持ちたくない!って自らHip Hop JUMPを抜けたという昔話はなかなか衝撃的で、思わず笑っちゃったなあ。けどそれでは前線で戦えないとまたマイクを持ったんだよねきっと。

半澤くん増田くんアンダーソンと一緒に歌った砂のグラスでのソロパート「報われない」、そのたった1フレーズが嬉しくて嬉しくて嬉しかった、それからきっとボイトレもしたんだろう、徐々に歌割りも増えていって。最近のユニット公演でソロ曲を歌う美勇人くんの歌声は、わたあめがしゅわしゅわ溶けてくように甘く優しい、いつまでも聴いていたい歌声になっていて大好きだったよ。

 

演技にも力を入れてた。特に印象的だったのは2016年のABC座かな…ドスのきいた声で孤高なONE ZEROを演じる美勇人くんはまるで別人だった。

ユメアイの殺陣では、今から首を切ろうとする相手の頭を優しく抱いて嬉しそうに笑っていてゾッとした。

最後には映画出演も決まったね。たくさん悩んで監督をひとりじめしながら真摯に役に向き合ってできあがった美勇人くんの「キノブー」ほんとうに素晴らしかったし愛しいでしかなかった。映画に伴って4日間、全国各地での舞台挨拶、美しい見た目とは裏腹な相変わらずのひらがな喋りも、いつの間にか頼もしくなったトークを回す姿も、眩しそうに遠くに視線を投げて会場を見渡す姿も、そして何より満開の笑顔ですごくすごく楽しそうにしている姿も、全部大好きな美勇人くんだった。

 

バラエティにも果敢に挑む姿が頼もしかった。2枚目でいこうとしていた美勇人くんが踏み込んだ3枚目キャラはばっちりと美勇人くんにはまって、誰からも愛され必要とされるキャラのポジションを確立していたと思う。

美勇人くんのきゃあぁぁぁ!っていう叫び声が聞きたいなんて言われるようになってたの、知ってるかなあ?笑 その素晴らしいリアクションはもちろん、ぽんっと放つ発言が沢山たくさんテロップに拾われてたのもすごかったよ。

美勇人くんは食材の真上から包丁を振り下ろすから玉ねぎが飛んでく、だから切ろうとすると萩谷くんに止められる、っていうLove-tuneバンド合宿BBQの話もかわいくて大好きだからぜひTVで見たかったな。

でもあれだ、コントでの安直なネーミングセンスはなんとも言えないものがあった…Love-tuneでのらぶ子も、トラジャでのトラ子も、花火をみるときの花子もまぁまぁって感じだったけど、Sexy Champのチャン子はなかなかだったよ…笑

 

ダンス、ファッション、歌、ベース、演技、バラエティ…どれも美勇人くんの強くて大きな武器だったけど、私がいちばん大好きな美勇人くんは、そのアイドル性だった。

まずはなんといってもその名前。何万回でも言うけど「美勇人」と書き「みゅうと」と読み「みゅ」と可愛く略されるキラキラネームと、それに名前負けしないところ。

お腹が冷えるからってチップとデールのぬいぐるみ抱っこして寝てるらしいところ。

お地蔵さんに「今日は取材です。盛れますように」「今日はありがとうございました」って毎日お参りするところ。

LA留学に行く前の雑誌の取材で「みんながこれを読む頃には」と話し、それが帰国のタイミングで発売されるところ。

3億当たったら?の問いに「こんな大金があったらがんばる目的がない。人生終わった」とこたえるところ。

コンサートのファンサービスで、このへんのみーんなね!って周りをぐるっと指差して投げちゅーしたり、Ho!サマーの「君を照らせ」で上手、真ん中、下手と3方向に指さしする、美勇人くんにとっての「君」は「みんな」であるところ。

愛想曲で薔薇ステッキを落としちゃった一瞬、ほんの一瞬、反射的に拾おうとしたけれど、すぐにダンスを続けて別のタイミングでサッと拾ったその瞬時の判断力。

メンバーがふざけ倒したあと「アイドル忘れすぎだろ」ってツッコミ入れるところ。

ドリボ2015のドリボブサイクで「○○○○!/19歳アイドル!」ってコメントを入れた…職業アイドルって躊躇なく胸を張って言うところ。

「アイドル大好きです!」そんな美勇人くんが大好きだった。

 

あとね、人として優しいところ。それがその人のいいところだからとか、こういう人がいないとねとか、みんなを肯定する言葉が多かったなと感じる。髪型とかも基本否定しないって言われてたし(それが後々トラブルになるもとなんだけど笑)それが美勇人くんらしさなんだろうなぁ。「優しいみゅーとは人気者」って風磨くんも言ってたね。

 

そんな美勇人くんの強さと優しさとプライドが顕著だったのが、いわゆる掛け持ち期間だったと思う。

Travis Japanとしてマッチさんのツアーバックについて全国を回っていたとき、東京では萩安真美のまだ名前のない括りで少年倶楽部やDREAM BOYSに出ていた。その公演日が被ったとき、東京公演側に出られなかったことや、優馬くんドリボではそもそも出演できない日があることが分かっていたために出番が少なかったりして、私が勝手に悔しかったこともあった。

その多忙さは誰の目にも明らかで。Travis Japanクリエの翌日からLove-tuneクリエ、その翌日には嵐ツアーバックで広島、とか、Love-tuneとして帝国劇場でDREAM BOYS出演している本番の昼夜間に、お隣の日生劇場で行われているTravis Japanとして出演予定のABC座のリハに参加する、なんてスケジュールざらにあった。Jr.にQの「タイムマシンに乗れるなら?」というお題に「未来へ行って先の仕事のけいこを始めておく」と書いていたこともある。

そんな最中、ファン同士の美勇人くんはどっちのグループのもの、なんてどうしようもない論争があったこともきっと美勇人くんたちに届いていただろう。

それでも美勇人くんは「ジュニアで一番忙しいんじゃない?大丈夫?」という安井くんの言葉に「いそがしいうちが華なので!」とこたえた。「きょう(Love-tune公演は)長男なんで。Travisのときは次男。3人いるらしくて。いま次男はカプセルはいってる!笑」と笑った。Jr.祭りでTravis Japanとして歌ったあとジャケットを着替えてLove-tuneとして歌い、それが終わると脱いだトラジャとしてのジャケットをLove-tuneの衣装の上から肩にかけながらファンに手を振った。どっちも100%でがんばる、どっちのファンも悲しませない、それが彼の強さと優しさとプライドだったと思う。

でもそれはメンバーの支えなくしては不可能で。グループって例え儚いJr.内ユニットであってもある程度「運命共同体」なわけで。そのメンバーが少なからずライバルとなる他のユニットにも属していてそこにも恐らく同じ位の熱量をかけている、それを受け入れてサポートしつつ応援してくれる。それがどれだけ有難いことか改めて考えさせられたし、そうしてもらえるほどの美勇人くんの本気度と人柄だったんだろうと思う。

 

そんな美勇人くんと誰か…まぁ時間も心の余裕もないので個人的にLove-tuneのメンバーになってしまうのだけれど…を思い出してみる。

 

長妻怜央くん。

多忙な美勇人くんを心配して金欠になるまで毎日ビタミン剤を買っていた怜央。美容院でヘンな髪型にしてきてみんなにつっこまれて美勇人くんのとこにハサミとゴミ箱持ってって切ってもらった怜央。それから美勇人くんと一緒じゃないと美容院行けなくて髪が伸びちゃう怜央。ご飯行ったとき美勇人くんのお皿見つめて「食べていいよ」って言われるの待ってる怜央。美勇人くんのお誕生日当日に美勇人くんから誘われて2人で焼肉に行ったからご馳走しようとしたのに資金不足で結局美勇人くんにご馳走されちゃった怜央。

そんな健気で可愛い弟みたいな怜央だけど「オレが経験したことは全部教えてあげたいなって思いながら、よく一緒に振り付け練習をしたりしてます」 という2人のダンスを見るとすっごい揃ってたり、「オレの中での仕事のパートナーかも」「このままだとアイツが損をすると思う時はいいます」「常にヘルプの準備はしてます」…なんて、美勇人くんの口からそんな言葉が?!とみゅ担が驚くほどの大きな期待を背負っていたのは怜央だったんじゃないかな。

 

阿部顕嵐くん。

「人類で一番愛しい人」…美勇人くんの発言でこれを超える衝撃作はなかなかないと思う。パンツ一丁+前開きバスローブ姿でちょっとニヤケながら楽屋周りをセグウェイでグルグルしてる顕嵐ちゃんを天使って言う美勇人くんは盲目愛がすぎます。顕嵐ちゃんに癒しを求めるその方法がいつも過激で、それでも無抵抗に受け入れてくれる顕嵐ちゃん。そんなふたりが私の癒しでした。

愛情表現が激しいから美勇人くん→→→←顕嵐ちゃんって思われがちだったけど「美勇人くんとは両思いかな」「俺たちはコンビじゃなくてシンメ」「メンバーの中で俺が一番理解してる自信がある」とか言う顕嵐ちゃんも相当だったと思う。

美勇人「2人で一緒にいろんなことを乗り越えてきたっていう絆がある」顕嵐「Jr.として共に戦ってきた」の美勇人くんと顕嵐ちゃんは大好きなあらみゅでした。

 

諸星翔希くん。

今日はダメだって日の美勇人くんが翔希と帰っていくところを見ると安心する(byやっすー)とまで言われた翔希は美勇人くんのメンテナンス係。翔希も美勇人くんの(主に物理的に)激しい愛情表現も含めすべて受け止めて一緒にきゃっきゃしていてくれたんだろうな。

一緒にダンススクールに通い、美勇人くんがLA留学に行くときに一緒に行かないかと誘ったのも翔希だったんだよね。きっとそれだけ切磋琢磨し頼ることができる相手だったんだろうと思う。

 

真田佑馬くん。

ダンスにプライドをもつ美勇人くんが、さなぴーのダンスに劣等感を感じると話した人。Love-tune結成1年半にして、ギターとベースの音だけで会話ができた人。live中、真「どうした?!ヘバってんじゃねーぞ!!」美「うるせーばーか!ばーか!ばーーか!!」なんて言い合いができる人。

その一方で、さなじい!さなじい!と尻尾を振ってじゃれついてた人。家族構成をつくる際さなぴーを祖父に選んだ美勇人くん、無人島にひとつだけ持って行けるとしたらさなぴーを持ってく美勇人くん。だけどさなぴーのイジりポイントを間違えるという地雷を踏みまくって10回くらい絶交されてる美勇人くん。笑

 

萩谷慧悟くん。

萩ちゃんがJr.に入って初めて振りつけを教えてもらったのが美勇人くん。時々同じ括りになりながらも、お互いがそれぞれの道を歩んだその先で、またその道が交わったはぎみゅは「双子みたいだね」って言われて「おれたち双子ー♫」と言った公式双子。

萩ちゃんが髪型を変えるときに相談したら必ず肯定する美勇人くんと、それを信じたら他のメンバーにやいやい言われて、だって美勇人はいいって言った…!みたいなトラブルが何回起こってもお互いに懲りないはぎみゅ。

そんな小競り合いや、相手の腕や指を噛んだり噛まれたりと激しいスキンシップの多い2人だけれど、「何か仕事に関して相談したいときもまずは美勇人に話すことが多いよ。悩んでるときは弱音を言っちゃうこともあるし。ふだんはそういう姿は見せたくない人なんだけど、なぜか美勇人にだけは弱い自分を見せられるんだよね」「俺のことを理解してくれてる。扱い方も含めて。だから相談ごともよくしてる気がするな」…そんな、ただじゃれてるだけかと思ったらわりと深いところで繋がってる、公式双子はぎみゅの世界が大好きだった。

 

そして、安井謙太郎くん。

みゅうたろうって何であんなにことあるごとにお顔を見合わせるんだろうね、しかも間にいる人をスルーして。寺西とか神宮寺とかジェシーとか山本くんがいるの分かってる?見えてる??ジェシー越しにお互いに頭を前後させながら顔見合わせようとしてたのはもはや笑った…というのは置いておいて。

「ひとつの舞台に挑んだら、何かひとつここは今回ステップアップできたと確信もてるものを得よう」…同じグループでもなく、それぞれの場所でそれぞれに戦って、たまにその道が交わるだけの16歳と20歳の男の子たちが交わした約束。Jr.である以上、美勇人くんとやっすーだってライバルで敵同士のはずなのに、生き残るため、スパイのように情報交換をして協力しあい「爪痕残す」を合言葉に共に戦う「相棒」となったみゅうたろう。

そのコンビ名だって、普通に「やすみゅ」でいいのに、わざわざみゅを前に持ってきてインパクトのある「みゅうたろう」にしたんだよね?同じユニットになる日がくるなんて予想もしてなかったくせに、あの賢い人達がコンビに厨がつくことを分かってないわけないのに、それでもその相乗効果で場所は違えど2人で勝ち抜いて生き残ってくつもりだったんでしょう?

絶対に弱味を見せず「頑張ってないね、アイドルだから」って微笑むやっすーが、「美勇人には包み隠さず何でも話せるよ」「仕事でもプライベートでも一緒にいる時間が長くて弱味も見せられる」「美勇人がいなかったらオレはもういなかったかも」って言うの。「美勇人はオレのことめちゃくちゃ好きだよね」「(やっすーとは)深いところで分かりあえてると思う」って言うの。

そんなみゅうたろうというブランドそのものが、仕事中の賢さあざとさ計算高さがびっくりするくらい分かりやすく露呈するところ、その一方で、プラベでも普通に仲良しでくだらないことできゃっきゃしているところ、お互いに「包み隠さず何でも話せる」「相棒」なところ、全部が大好きだったよ。

 

 

これだけつらつらと語ってるのにお付き合いくださった皆様はお分かりいただけたと思うんですけど私ユニ厨コンビ厨なんですよ確実に。

だからJr.担なんてすべきじゃないし絶対にしないってずっと思っていたのに、そんな防壁などあっさりと崩してくれたのが森田美勇人くんです。

 

なにがあったとか、どうしてこうなったとか、微塵も思わないなんてさすがに無理だけど、大好きな人達が、泣いたり笑ったり、夢を見て努力してそれを叶えたり、キラキラ輝きながら人生を捧げていた場所。その場所に不信感しか抱けなくなったり好きでいられなくなってしまうなんて、そんな悲しいことはないから、今は綺麗な思い出だけ持っていたいと思う。

 

森田美勇人くんが語った夢は「SMAPみたいなグループになってデビューして、グループとしても一人でもずっとカッコいいジャニーズのアイドルになること」だった。

沢山の夢を叶えてきた美勇人くんだけど、この夢は叶わなかったのかもしれない。

でも私はね、ただデビューして欲しかったわけじゃない、そこがゴールなんかじゃなかった。その先もずっと、安心して背中を預けられて、心から信頼できて、一緒にいて笑顔になれるような素敵な仲間に囲まれて、沢山の人に愛されて、きらきら輝きながら色んな景色を見られる、見せてくれる場所で、幸せになって欲しかったんだ。

これはきっと勝ちでも負けでもなくて、この結果がどうなんてそんなもの美勇人くん自身が、これからの美勇人くんが決めることで、この先美勇人くんがどうするのかなんて分かりっこないけれど、美勇人くんならなんだってできるしどこへだっていけるし、誰よりも幸せであって欲しいと思うし、もしその幸せのカタチが私が願うカタチと同じなら嬉しいなと思う。

 

「見てくれる人がいる限り、僕が足を止めることはありません」

そう語った美勇人くんと、またどこかで会える日を夢見て。

 

ダンスもベースもファッションもバラエティも歌もお芝居も何ひとつ手離さず、アイドルであることが大好きだと言ってキラキラ輝いていた、強くて優しい美勇人くんが大好きで尊敬してたよ。ジャニーズに入ってくれて、そこから今日まで約13年半、その道を選び続けてくれてありがとう。

 

美勇人くんはいつどんなときも「たのしい!」をキラキラ振り撒くジャニーズのアイドルだった。美勇人くんが楽しいなら私も楽しい。だから楽しかった!美勇人くんがジャニーズJr.として駆け抜けた時間、めちゃくちゃ楽しかった!ね!!

 

 

Dear 森田美勇人くん

あなたは世界でいちばんかっこよくて、可愛くて、美しくて、見た感じクールそうなのに喋ったらひらがなで、ポンコツキャラかと思えば年下にはお兄ちゃん/先輩できて、内にめちゃくちゃ熱いもの秘めてて、負けず嫌いで、踊れば息をのむほど美しくて、心優しくみんなに愛される人気者な、最高で最強のアイドルでした。

美勇人くんがこれから歩む未来も、キラキラ輝いて笑顔あふれる道でありますように。

私の「アイドル」の定義は永遠に「森田美勇人」です。たくさんの夢と幸せをありがとう。

 

大好きだよ。

 

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